第02話    「思い出語り・庄内の磯釣り」村上龍男   平成18年04月30日  

 今回の出版で、鶴岡市営加茂水族館の館長の村上龍男氏は五冊目となる本を書いている。
 氏が釣を始めたのは、意外と遅く二十七歳になった頃からだったと聞いている。以前氏に伺ったところ、それまでは釣等と云うものは非常に非生産的なもので、魚とは網で捕らえるものと云う発想であったから、当然釣の何処が面白いのか、さっぱり分からなかったと云云っておられた。山形大学を出て加茂水族館に勤務していた頃、水族館の裏手で釣りをする人を発見し、釣竿の曲がるのに少しずつ興味を持った事から釣が始まったとの事である。
 やって見て、初めて釣の面白さを認識した氏は、当時まだ残っていた釣のしきたりに従って釣の師匠(故杉山五郎氏)について本格的な庄内釣りを習う事となった。事に師匠はマナーについてはうるさく、自分たちの釣り場に平気で釣り人が、割り込んで来ようなものなら喧嘩も辞さないと云う人物であったそうな。以来40年、庄内釣りについての見事な見識を持ち庄内釣の真髄について語る事の出来る、庄内有数の人物となった次第である。
 そんな訳で磯釣りに始まった氏の釣ではあるが、不思議な事に今まで磯釣りについての本は一冊も無い。「山形の魚類たち」、「思い出語り・雑魚しめ」、「思い出語り・イワナ釣三昧」、「写真集/海月・クラゲ」である。そんな訳で氏の数十年に渡る釣の経験と見識のすべてを今回の「思い出語り・庄内の磯釣」に集約し、萬をじして書き上げたのが今回の本であると思っている。この本は352ページの大作である。300年を誇る庄内の釣の歴史、武士達が育んだ釣、釣の思い出等々読んでいると一気呵成に終わりまで読まずにはいられない読者を魅了する本であると思っている。
 何度かお会いしている内に庄内の釣を知っている方々が、次々と亡くなっている中で、庄内の釣を何とか後世に残したいものと云う話しが、度々話題に上がっていた。自分の貧しい筆力では、それらの事は中々書き難いところである。せいぜいHPにその時その時に思いついた事をチョコチョコ載せるの精一杯の状況である。其処へ行くと館長はかねてより、鶴岡の色々な處からの執筆依頼があり、庄内釣りについて等々を書き溜めてある原稿を沢山お持ちであった。そして本にする為の構成力が数段優れている。そんな事で一大決心をなされ、今回それらを編集し直し、更に釣の思い出などを付け加え一冊の本にまとめられたのが、「思い出語り・庄内の磯釣」である。
 単なる自費出版本と異なり、これが庄内の釣と自他共に思える出来栄えである。価格も思い切った1890円と低価格に抑えてある。とにかく釣り人ならずとも庄内の多くの人に読んでいただきたいとの氏の考えがあるようだ。「庄内に生まれからには、歴史ある庄内の釣をもっともっと知って貰いたい!」と熱心に語る氏の姿が目の前に見えるような一冊の本である。
 また、本の中で庄内の磯釣り文化の継承のため「磯釣り神社」と「磯釣り文化館」の提唱をなされている。その発端は文献から見ると殿様の釣に始まっている。中でも酒井忠徳が取り分け釣には熱心であったように氏が書いているが、その件については自分も全くの同感である。その根拠は秋保親友の「野合日記」に第九代酒井忠徳のお触書について書かれている。その中に享和二年(1802)のお触書について「遠足(磯釣りや鳥刺し)について、武用の一助となるから家臣たちに容認するが、但し、風俗を乱すような事や不法な行為は殿様の意向に反するので行ってはならない」とある。遠足が盛んになりに色々と問題が発生してきた時期と重なっている。庄内釣りの継承最大の危機は次の第十代酒井忠器の代に起きた。家臣が釣に行って海難事故に遭い死亡すると云う事件が起こった。本来なら家禄の没収のところ殿様の寛大な処置により減報で済まし、釣をする武士達に一層の注意を喚起すると云う意味の御触れ書きを出している。この大問題を注意で済ました事が、次の世代に釣が引き継がれたと解釈出来るのではあるまいか。それにも増して誰よりもこの二人の殿様は、釣好きであったからに相違いないとも考えられる。そんな訳で出来得ればその二人の殿様を旧城跡の一角にある現致道博物館の敷地内に氏が提唱している神社に奉るのが最も適当であるまいか。現致道博物館では釣関係の展示を旧藩主の隠居所であった御陰殿になされてある。釣王国、伝統の庄内釣を誇る鶴岡として、市内の収集家からも釣具を借り集め、それらを含めての展示がなされても良いのではないかと思っている。昨年ある宮城の釣り人が、鶴岡を訪れた時に釣竿の展示を見て余りの見事さに吃驚して帰った。他の地方の釣り人が、感動して帰る庄内の釣文化を、もっと全国に発信すると云う意味も込めて、「庄内磯釣り神社」、「磯釣り文化館」なるものを作って貰えればと非常に有難いものであると思っている次第である。




 この本は県内の有名書店でも、取り扱っているので、庄内の釣を知りたい、見たいという方はぜひ買っていただきたい本である。小生も微力ながら、多少なりとも御協力出来た事を誇りに思っている次第である。