第75話    「ニガダケの南限」   平成20年06月15日  

 先日山野草を求め車で湯野浜温泉から先の海岸沿いの磯釣りを眺めながら南下した。そして県境の鼠ヶ関から東に左折し、国道345号線に入った。この道は国道とは云え、道路が狭く大型の車は入って来ない。その狭い道路脇に車を止めては、道沿いの草花の写真を撮れる格好の撮影地でもある。鼠ヶ関から15分も走ったであろうか、左手の河原に竹藪が見つかる。遠くから見ると真竹、それとも布袋竹か、その竹の特徴として、やけに節がゴツゴツしているのが、目立つ。

 車を止めてその竹藪の近くで観察する。通常メダケと云われる物に比べ節はゴツゴツとはしているが、改めて竹を手に取って見ると明らかにメダケの種と思える竹である。以前こんな竹を新潟県の県北の三面川河口付近で見た記憶がある。あれは5年ほど前にもなるだろうか?今は昨年亡くなった父を連れて、村上の瀬波温泉へと車を走らせていた時だった。海岸沿いに磯を眺めながら南下していた時である。それまで見た事もない女竹のような竹を見つけた。その竹は海岸沿いの崖の上に小さな藪を作っていた。その竹は冬の北西風が当たる関係で丈は3~4mほどで、節がゴツゴツしているのが特徴だった。和竿に出来る竹に興味があったので、当然色々な竹にも興味がある。そしてそこから更に数分南下すると、三面川の河口に出た。そこにはもっと大きな竹藪があり、ヤダケに交じり同種の竹らしきものが見える。何時か手に取って良く観察して見たいものと思ったが、そのまま、温泉へとむかって向かわねばならなかった。

 鼠ヶ関で見たその竹は正にその時見たものと全く同種のものである。土手際に生えていた短い竹を切って断面を観察すると、明らかにニガタケのそれと比較して竹肉が小さく、はっきりと別種であると区別出来る。その竹は竹肉がない為軽いが、硬さは十分にある。背丈の高い物を選べば、竿に出来るやも知れぬ。以前、根上吾郎氏の「随想・庄内竿」読んだ時、ニガタケの分布の南限が鼠ヶ関付近とあったのを思い出した。まさか竿師でもあった根上吾郎氏が、ニガタケとこの竹を見間違いする訳はないとは思った。しかし、何度もこの付近のニガタケの竹藪を探して見てもそれらしき物は見た事はない。

 GWの最後の日、加茂の水族館館長にその竹を持参して見て貰った。「男竹見たいであるし、メダケ見たいだし、その種は分からない」と云う。しかし、「こんな竹を羽黒の近くでも見た事がある」と云う。羽黒のその竹は皆背が高いと云う。応じて風の弱い地域の竹は、順調に伸びる為か、背が高いのが特徴である。ヤダケやニガタケも、風の強い河原にある物は、2~4mにしかならない。それが、少し内陸に入った風の余り吹かない場所では、4~6m、殊にニガタケ等は場所によって7mに達するものも少なくない。

 それから図書館やインターネットでその竹を調べるのに躍起となった。中々その竹にぴったりな物はない。その昔、ニガタケの種を調べた時の書類を捜し出した。そしてそれらしき物をやっと見つけたが、絶対にこれだと云う証拠のような物ではない。それらしき名は、エチゴメダケと云う名前だった。元々竹の種類の確定はまだされていないせいか、絶対にこれだと云う名前まで分かる本はまだ出版されていないと云うのが実情らしいのだ。日本全国で地方地方で呼ばれて居る竹、笹の名前は約800種あると云われている。それを詳しく種を分類するとある学者は300種と云い、別の学者は250種と云い、その確定されたものはないと云った具合なのだそうだ。

 そんな訳で今日現在、現在自分で把握したニガダケの南限は、庄内の平野部の南側付近までである。そして根上吾郎氏によれば秋田県能代付近でその北限としているが、その辺りまで確認に行った事はない。しかし、能代の竹で作った竿だと見せられた記憶があるので、間違いはない。その竿は二間に満たない小竿だったと記憶している。今迄に自分で確認した北限は、本庄市の北、亀田付近までである。

(注)写真の右側がニガタケである

エチゴメダケ
学名 Pleioblastus pseudosasaoides
科名・属名  イネ科 メダケ属