第88話    「庄内竿の打ち込み」   平成20年12月31日  
 思い起こせば憧れの庄内竿を購入した中学生になってからである。それ以前はヤダケや布袋竹の二間に満たぬ、かなり堅目の安竿を使っていた。そんな竿で夏のハゼ釣り、時にはアジ、そして初冬の石ガレイ等を釣って楽しんでいたものだ。 釣り方も簡単で比較的重い錘を使いアジは中層、ハゼやカレイは底釣りである。ハゼや篠子鯛等は比較的簡単で浅瀬で底をサビキさえすれば、楽に釣れる。何時しかそんな釣りに飽き足らず大人たちが狙う篠子鯛より大きい黒鯛の二歳、三歳物が釣りたいと思うようになった。なけなしの小遣いを貯めて竿全体が満月のように撓る軟らかい庄内竿を買った。庄内竿を持つと云う事は、地元の少年たちにとっては小さい頃からの憧れである。そんな庄内竿を使って秋口に、二、三歳物を狙っての釣りがしたくなったからである。

 
この庄内竿で二、三歳物を釣るには、それまでの釣とは少し違う釣りをしなくてはならない。軽い錘を使って、餌をユラユラと落として魚に食い気を出させなければならない。竿を買った当時、まだ釣り方もろくに知らぬ子供であったから、餌だけの重りで釣る庄内釣り(完全フカセ釣法)等は、知る由もなかったし又知っていても出来る訳もない。ただ大人の真似をして錘を軽くする。ところが風の強い日などは、打ち込みが出来ない。

 そんな訳でそれまでの棒のような安竿の様に唯力一杯遠くに振り込むと云う釣り方ではいけない。柔らかいニガダケの弾力を上手く利用して腕を前に押し出すようにしなければならない。竿が三間以上となると虫餌の場合と多少柔らかいエビでは振り込み方も多少変えなければならない。それに竿が柔らかい分魚の当たりを合わせるのに、どうしてもワンクッション遅れる。馴れないとどうしてもタイミングが合わない。カーボンの様に竿が固ければ即合わせしても、簡単にタイミング合う。そのコツを覚えるに大分時間がかかった。

 
子供であるから、比較的バカは短い。これが大人たちは、一尋半は当り前で二尋以上取るのが常である。バカが長いと云う事は、それだけ振り込みが難しい。昔延べ竿での釣り師達は、最高で竿の倍のバカを出して、自由自在の釣りをしていたと云われている。多少の風などものともせず、餌だけの重さで正確にポイントに打ち込むと云う事は正に神業としか云う事が出来ない。リール竿の釣ならなら比較的簡単に初心者でも、振り込みや取り込みが出来るが、そんな長いバカで延べ竿を使って、その上魚を自分で取り込んでやっと一人前と云われたのだからとても初心者同然の子供では真似の出来る釣りではない。まして長竿でバカの異常に長く、尺物以上の大魚が釣れた時等は可なりのベテランでも苦労するものだ。だから取り込みを遠くから見ていれば、釣れた魚が大きければ大きいほど、その釣り人の力量が分かると云うものだ。

 
庄内竿の使い方では、竿になれる事から始まる。短竿の振込では他の竿とそんなに変わらないが、比較的長竿では神経を集中して竿の撓りを十分に利用し、ポイントに目がけて腕を押し出すように振り込まねばならない。自分が思うポイントに十中八句目指すポイントに打ち込めるまでに上達するには、やはり長年の経験と努力が必要であった。当時は完全な打ち込みが出来なくとも、魚が多かったから程々の釣果には預かる事が出来た。

 
打ちこみの練習を続け完全に自分の物に物に出来るかどうかで、その後の腕に差が出て来るのだが、大抵程々の釣果で満足してしまう。庄内釣りは難しく、打ち込みだけでは駄目だ。当日の天候や釣り場の濁り具合の予測、更に汐を読む目を養わねばならなかった。その為竿が高価になったことや色々な諸条件が重なり継承者が、激減している。